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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2146号 判決 1980年7月29日

原告 徳川美家

右訴訟代理人弁護士 田中富雄

右訴訟復代理人弁護士 矢花公平

被告 竹内福太郎

被告 竹内としゑ

右被告両名訴訟代理人弁護士 佐々木良明

右訴訟復代理人弁護士 鈴木晴順

主文

被告らは原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和五二年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、原告の妹である訴外山川設子と共同して、昭和四七年四月原告肩書地に通称「山川ビル」(鉄骨造陸屋根四階建店舗兼居宅、以下「山川ビル」という)を建築し、同ビルの四階居室(二三・〇三平方メートル、以下「原告居室」という)に単独で居住している。

2  被告らは、被告ら肩書地に昭和四九年一二月ころ別紙物件目録記載の建物(通称「パテオ青山ビル」、以下「本件建物」という)を建築し、それぞれ持分二分の一の割合で所有している。しかして、山川ビルと本件建物の位置及び距離関係は別紙図面記載のとおりである。

3  ところで、被告らによる本件建物の建築は、次に述べるように原告に対し社会通念上一般に受忍すべき限度をこえた不利益を強いるものであって違法である。

(一) 原告は、原告居室に居住するようになって以来本件建物が建築されるまで、終日日照に恵まれ、きわめて良好な住宅環境を享受してきた。しかるに本件建物建築後はもっとも日照を必要とする冬至の時点で午前九時三〇分すぎころから終日、完全に日照を奪われてしまい、その結果、昼間さえ電燈を要し、冬期間の暖房費も倍増するに至り、原告の享受してきた生活利益は著しく侵害された。

(二) 本件建物の建築により最大の日照被害を受けるのは原告であることが明らかであったにもかかわらず、被告らは、本件建物の建築にあたって一部付近住民と協議をしたのみで原告の同意を得ることなく建築を強行した。

(三) 本件建物の周辺地域においては次第に高層建物が増加しつつあるが、その所在地付近は住宅地区と近接し、未だ木造の一、二階建家屋が相当数存在する地域である。

(四) 被告らは、本件建物が商業地域にあり、都条例による日影規制の非対象区域であることを強調し、公法的規制に抵触しない限り最大限度の経済的利益を図ることは当然であることを前提として、原告被害の補償を全く考慮しようとしない。しかしながら本件建物は何ら公共性も社会的有益性もなく、専ら被告らの私的利益追及を目的としたもので、現に被告らは本件建物建築によって莫大な経済的利益を収受するに至っているのであって、被告らの右収益は一面原告の深刻な日照被害のうえになりたっているものであることを考えれば、本件建物が商業地域にあるという一事をもって、原告の現に受けている被害を無補償で受忍させるべきではない。ことに東京のような過密都市にあっては、被告らのような無計画な私的利益中心の都市づくりが、環境破壊、住宅、交通問題、都市災害、水不足等々の点で今日どれほど一般市民や公共に実悪をもたらし時代に逆行するものであるかについて、深刻に反省すべき時期にきているのであり、建物のいたずらな高層化、巨大化こそ自戒されなければならないのである。

4  原告が本件建物建築によって受けた生活上の不利益ははかりしれず、ために原告は多大の精神的苦痛を受けたが、これを金銭でもって慰藉するには金三〇〇万円をもって相当とする。

5  よって原告は、民法七〇九条、七一九条に基づき被告らに対し金三〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月二三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、本件建物の周辺地域においては次第に高層建物が増加しつつあるとの点は認め、その余の事実は否認する。

3  同4の事実は争う。

三  被告らの主張

1  本件建物建築に対し、原告を含む付近住民は竹内ビル(本件建物)建築反対同盟(以下「反対同盟」という)を結成し、昭和四八年一一月三日、被告竹内福太郎に日照問題等についての要望書を出した。そこで同被告は数回にわたって右反対同盟と協議した結果、同年一二月四日、両者の間で本件建物建築についての協定が成立した。右協定は、日照被害を少なくするため被告らにおいて当初の計画より建物を一部縮少することなどを内容とするものであって、被告らは右協定を誠実に遵守して本件建物を建築したものである。したがって、被告らは原告を含む付近住民の同意を得て本件建物を建築したものであって、今更原告に本件建物建築の違法性を云々されるいわれはない。

2  右協定にしたがって建築した結果、本件建物は当初の計画より全体で八四・三四平方メートル面積が減少した。被告らは本件建物を賃貸ビルとして建築したものであるが、右建物面積の減少による保証金、賃料収入などの減収は相当な額にのぼり、原告らの日照被害を減少させるため被告らも少なからず犠牲を払っている。

3  本件建物は、六本木から渋谷に通ずる通称青山通りに面しており、付近は高層ビル街である。また原告の居住する山川ビルは商業地域内にあり都条例による日影規制の非対象区域であって、山川ビル自体賃貸を目的とする営業用ビルである。

以上のような本件建物建築に至る経緯、本件建物所在地の地域性などに照らせば、原告の本訴請求が失当であることは明らかである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、当初原告が被告主張の反対同盟に加入していたことは認め、その余の事実は争う。原告は当初から日照被害の補償を中心に考えていたのであるが、反対同盟の方針がこれと異なることが判明したため途中で脱退しており、協定成立時点では原告はその構成員ではなかった。

2  同2の事実は不知。

3  同3のうち、山川ビルが商業地域内にあることは認め、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告は、昭和四七年四月原告肩書地に妹の山川設子と共同して四階建の山川ビルを建築し、以来同ビルの四階居室に居住していること、被告らは、昭和四九年一二月ころ被告ら肩書地に本件建物を建築し各持分二分の一の割合でこれを所有していること、山川ビルと本件建物の位置、距離関係は別紙図面のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、被告らによる本件建物の建築は原告に対し社会通念上一般に受忍すべき限度をこえた不利益を強いるものであるから違法である、と主張するので、以下本件建物建築をめぐる事情、右建物建築による原告の被害の有無及びその程度等についてまず検討する。

1  本件建物建築の経緯

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  被告らは、従前本件建物敷地部分に木造二階建の共同住宅と店舗用建物を所有し、店舗において飲食店を経営していたが、これらの建物をとりこわして賃貸用ビルを建築することを計画し、昭和四八年九月ころ東京都に対し建築確認の申請をした。

(二)  右建築計画を知った、原告を含む付近住民五〇数名は、主として本件建物建築による日照阻害を問題としてそのころ建築反対同盟(代表者新谷三男)を結成し、同年一〇月五日ころ東京都に対し行政指導等の配慮を求める陳情をするとともに、同年一一月三日、被告竹内福太郎(以下被告福太郎という)に対し建築計画の変更を求める要望書を差し入れた。

(三)  その後被告福太郎と反対同盟は、本件建物の工事施工者である訴外株式会社新井組を交じえて数回折衝を行った結果、被告らが本件建物の後方部分について北側(正確には東北側)境界より一メートル、東側(正確には東南側)境界より二メートルそれぞれ後退させるように設計を変更することで基本的な合意が成立し、その他建築工事に関する細部についてとりきめたうえ、同年一二月四日、協定書をとり交わすに至った。右協定に従って被告らは設計変更をした図面をもとに確認申請の訂正をし、他方反対同盟は同月一二日、東京都に対して本件建物の建築に異議はない旨の念書を提出した。その結果同月一四日、設計変更後の申請について確認がなされ、ほぼ一年後の昭和四九年一二月ころ、確認申請どおり本件建物が完成された。

(四)  これよりさき、当初反対同盟の活動に積極的であった原告は、被告らとの協定案がまとまった段階に至って、右協定案によっては原告の日照被害が殆ど改善されないことを知り、協定成立の直前に反対同盟の代表者の妻である新谷京子に対して今後反対同盟とは別に被告らと金銭補償の交渉をする旨告げ、協定調印の場には立会わなかった。しかし協定成立時までは原告が反対同盟を脱退する旨の明確な意思表示は原告からも新谷京子からも被告らに伝えられなかった。

(五)  協定成立後新谷京子から原告が金銭補償を求めていることを知らされた被告福太郎は、数日後原告に五万円を交付すべく、これを新谷京子に託そうとしたが、同女が直接原告に交付するよう求めてとりつぎ方を拒んだため、そのまま交付せずに現在に至った。

(六)  本件建物は、地上一〇階(但し道路後方部分は地上六階)、地下一階建であり、敷地面積二二四・三七四平方メートル、延床面積一四八〇・七七三平方メートル、高さ三四・七五メートル、道路からの奥行の長さ約二五メートル余りの鉄骨鉄筋コンクリート造の建物であって、その平面的形状はおおむね別紙図面のとおりである。しかし反対同盟との協定に基づいて設計変更した結果、当初の計画よりは延床面積にして八四・三三九平方メートル縮少された。

2  地域性

本件建物は幅員四〇メートルの青山通り(国道二四六号線)に面していること、本件建物付近では右道路から二〇メートルの幅で都市計画法の用途地域区分上の商業地域に、それより奥は住居地域に指定されていること、山川ビルは商業地域内に存すること、以上の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。すなわち、本件建物は、青山通りと都道四一三号線の交差点の近くにあり、千代田線表参道の駅が一〇〇メートル前後のところにあって交通の便に恵まれたところにある。付近一帯は青山通りに面して商店街が連なる繁華な地域であり、通りに面しては四階ないし六階建位の建物が多い。本件建物の南隣の建物は五階建であり、北隣は二階建だがその隣(山川ビルの西隣)は六階建の建物である。通りに面しても二階建木造建物もいくらかあるが次第に高層化されつつある状況である。しかし青山通りから一歩内側に入ると、通りから二〇メートル以遠が住居地域に指定されていることもあって、一変して住宅街になっており、木造一、二階建の建物が著しく多くなっている。このため本件建物付近では、青山通りの東側にあって右道路から二〇メートル以内(商業地域内)にある建物は、一般に青山通り方向から日照を得る以外に南西方向からの日照を期待することは困難な状態であるが、これらの建物であっても住居地域に接している建物の三階以上にあっては、東南方向の建物が低層建物であるため同方向からの日照は比較的確保し易くなっている。

3  日照阻害の有無及び程度等

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ右認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  原告は、山川ビルの所在地(同ビルの敷地は原告所有)に昭和二八年ころから木造建物を所有しこれに居住してきたが、昭和四七年四月妹と共同で四階建の山川ビルを建築してからは、同ビルの一階ないし三階部分を事務所用に賃貸し、その四階部分に居住している。原告は現在七一才で職はなく同ビルの賃料収入(一か月約二五万円)が唯一の収入であるが、内一四万円余を、同ビル建築の際融資を受けた金融機関に毎月返済している。

(二)  原告居室には本件建物に面して横一間、縦三尺の窓があり、原告は本件建物が建築されるまでは右窓によって年間を通して終日、日照を享受してこられたが、本件建物建築後は、冬至の時期において、原告居室の窓の部分は午前九時半ころから終日本件建物の日影内に入り、日照による生活上の利益は殆ど受けられない状態になった。

(三)  原告居室の日照を回復させる方法としては、原告居室の東側壁面に大きく開口部を設けるよう改築することが考えられ、右改築工事を実施すれば冬至においてもある程度午前中の日照が回復されることが期待でき、原告自身右工事の実施を考えているが、資金の面で右工事に踏みきれないでいる。

三  以上の事実に基づき、原告の居住する土地の地域性、付近の建物の状況、本件建物建築に至る当事者双方の主観的、客観的諸事情等を勘案して、被告らの本件建物の建築が原告に対し社会通念上一般に受忍すべき限度を越える不利益を与えたものといえるか否かについて判断するに、本件建物所在地付近は青山通りに沿って繁華な商店街となっており、右通りから二〇メートル以内の、商業地域に指定された区域内には四階ないし六階建の建物が多く、今後も高層化が見込まれる地域であり、このため商業地域内にある建物においては一般に日照の利益を受けるのは困難か、あるいは困難になりつつある状況にあるが、青山通りの東側では、右通りから二〇メートル以東が住居地域に指定されていて一、二階建の建物が多い住宅街となっているため、商業地域内にある建物でも東方が住居地域に接する土地にある建物の三階以上は東南方向からの日照、すなわち午前中の日照は比較的確保され易くなっている。山川ビルの四階にある原告居室においては、本件建物建築前は二階建の建物であったこともあって年間を通して終日日照を受けることができたものであるが、本件建物建築後は日照を特に必要とする冬期において著しく日照が阻害されるに至り、午前九時半ころ以降は全く日照を得られないようになった。山川ビルは東方が住居地域に接しているが、本件建物は道路からの奥行が二五メートル余りあって住居地域にまたがって建てられているため、東南方向からの日照も阻害されている(別紙図面参照)。原告居室の東側壁面に開口部を設けるよう改築すれば、原告においてもある程度午前中の日照が回復されることが期待されるが、そのためには相当な改築費用を要するものと思われる。このような本件建物による原告の日照阻害の程度及び態様に鑑みると、被告らが本件建物建築前、反対同盟との協定に基づいて設計変更をなし、その結果当初の計画より延床面積にして八四平方メートル余り建物を縮少して、賃貸を目的とする被告らの本件建物建築の趣旨からみれば相当程度経済的に譲歩したと評価できることや原告自身商業地域内にある建物に居住し、その一階ないし三階部分を賃貸用に使用していることなどを考慮しても、原告が受けた前記日照阻害による生活利益の侵害は受忍すべき限度を越えているものといわざるをえない。被告らは、住居地域に指定されている土地も建築基準法九一条によって商業地域と同じ規制の適用を受け、土地の有効利用を実現して経済的利益を受け、その結果原告の日照被害の程度が一層拡大されているのであるから、原告の前記被害による損害を賠償させないままで被告らの本件建物建築を適法とすることは公平さを欠く結果を招来するからである。したがって被告らの本件建物建築は原告に対し社会通念上一般に受忍すべき限度を越えた日照阻害による生活不利益を与えたものであるから、結局被告らは不法行為による責任を免れず原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。なお、《証拠省略》によれば、被告福太郎が前記反対同盟との間で成立させた協定書の第五条には、工事完了後であっても本件建物に起因する被害が発生したときは協議のうえすみやかに誠意をもって善処する旨の条項があることが認められ、反面反対同盟の加入者が右協定により将来建物完成後本件建物による被害が発生した場合の損害賠償まで放棄したものと認めるに足る証拠はないから、原告が協定成立前に反対同盟を脱退したか否かについては論ずるまでもなく、右協定成立の一事をもって原告の損害賠償請求を否定することはできない。

四  ところで原告は日照阻害による生活不利益の賠償として慰藉料の支払を求めているので、その額につき案ずるに、本件にあらわれた原告に有利な事情、被告らに有利な事情等諸般の事情を総合考慮すると、原告が受けた苦痛は金五〇万円をもって慰藉するのが相当である。

五  以上によれば原告の本訴請求は、被告らに対し各自金五〇万円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年三月二三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋弘)

<以下省略>

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